2012年5月10日木曜日

「ナクソス島のアリアドネ」       著作権裁判の顛末(3)

知人の弁護士のアドヴァイスは残念ながらがっかりするものであった。「杉山さん、それは払っちゃった方がいいよ」と言うのである。彼が言うには「費用対効果」の問題として係争金額はたかだか100万円。裁判になればお互い弁護士費用だけで50万円は下らないので、和解すると言って相手に20万円ぐらい払えば納得するだろうと言うのだ。それではこんなお粗末な書類で大金を請求してきた相手の主張を認めることになってしまう。「先生には相談だけお願いして、法廷には私が行くのではだめでしょうか」と聞くと「そんなに甘くはない。それで勝てるなら弁護士はいらない」と言うので、生返事をして弁護士の元を辞する。なあに、まだ裁判になったわけではない。ゆっくり考えればよい。私は過去にドイツの合唱団のツアーの立替金を巡って招聘元のマネージメントと争ったり、解雇事件で大学と争ったりといくつかの裁判の経験がある。4勝1敗だがそのうち1件は弁護士を立てずに法廷に立って勝訴している。今回の件は根拠も示さないまま、まことに高圧的な請求で納得がいかないのに1円だって払うのは腹立たしい。仮に裁判になって負けてもはじめから請求があった金額を払わなくてはならないだけ。そのためにわざわざ弁護士を雇う必要はない。私は弁護士を頼まずに自ら書面を書き、法廷に立つ覚悟を決めた。

2002年6月29日に新国立劇場での日独楽友協会「ナクソス島のアリアドネ」公演は成功裏に終わる。若手の歌手たちの多くは初めて立った新国立劇場の舞台で精一杯歌い、おおむね700名、会場の8割ほどをうめた入場者からは終演後7分間にもわたる拍手が鳴り響いた。残念ながらやはり無名の小団体が行ったこの公演を取り上げたマスコミはなかった。
公演後日本ショット社に同じく「警告書」を送りつける。権利を証明する書類を示さずに高圧的な態度で金銭を要求するのは恐喝と同じだ。戦時加算について根拠があるなら示してほしい、という内容である。

2002年7月9日、私は例年通りドイツ・オーストリアでの講習会と、2000年から客演指揮者となっていたハンガリーでの演奏会のため日本を離れた。その後、7月22日に東京地方裁判所から日独楽友協会あてに訴状が送達される。

原告、日本ショット社の請求金額は88万615円であった。内訳は日本ショット社側が勝手に算出した入場料金の7%、35万1820円、パート譜使用料22万8795円、弁護士費用(我が国の民事裁判で裁判を起こしておいて相手側に弁護士費用を請求するのは稀であると思われる)30万円である。通常訴状を準備して提訴するのにはもう少し時間がかかるので、まあ訴状がきても帰国後に答弁書を書けばいいと思っていたが少々当てが外れた。しかし相手方の書証(裁判の書面に添付する証拠書類のこと)を見ると、私に送りつけてきたのと同じ程度のものしか付いていない。裁判所に提出するにはいかにもお粗末で、準備が整わないうちに拙速に訴状を用意したらしいことがわかる。

(続く)

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