自分が2年生になって、管楽器の新歓コンパが行われるその日、学生部の古庄先生と仲地先生宛に「新入生に対する飲酒の強制と暴力行為を慎むようにさせてください。もし目に余る行為があればマスコミにリークすることも辞しません」という内容の要望書を出した。仲地先生は温厚な方だが要望書を読みながら顔色が変わった。新歓コンパに先立って古庄先生から注意があった。白けた空気が漂い、私を睨み付ける同級生もいた(その後数年間、管楽器の新歓コンパは中止されたらしい)。「何でお前がいるんだよ!」などと言う奴も居たが、私は参加費を払って自分は一滴も飲まず、ただその場にいた。多少の強制はあったようだが、前年度のようなことはなかった。1年生の練習室にポカリスエットなどを大量に置いておいた。
1学期はその他にこれといったトラブルもなく進み、私はブラスバンドからも外されたのでますます入間に行く日は少なくなった。そして予定通りオーケストラの合宿がやってきた。私はもうどうなっても良いという気もあったが、先輩達に無理矢理抑えつけられてやられるより少しはましな感じもあった。興味本位で同調している一年生もいた。
いずれにしろ、性器に劇薬を塗るというのは殆どレイプと変わらない。「キンカン」は虫さされの薬だが絶対に粘膜に使用しないように注意書きがある。主成分であるアンモニアが粘膜を壊死させる。はじめ酷い火傷になるが数日でかさぶた状に、かさぶたがはがれた後は一生消えないケロイドになった。裁判のことは頭をよぎったが、今ほど法律の知識があるわけでもないし、弁護士も知らなかったから相談もできなかった。
この手の「儀式」は社会心理学的には一種の擬似去勢行為である。被害者は「去勢」されることによって集団の一員となると同時に絶対の服従を強制されるのだ。私は吐き気と胃痛に苛まれるようになった。
2学期になってほとんど大学に行かなくなった私は結局、10月に退学届けを提出する。一応形だけは3月末まで学生と言うことだった。その後かなり長い間、私は武蔵野音楽大学時代のイヤな体験を夢に見るようになった。期待に胸をふくらませての入学、すべてが崩れ落ちる現実。学園祭での演奏やブラスバンドから外されたことなど。実際にあったことも、なかったことも。
私の退学後しばらくして、徐々に「合宿に行かない」という新入生がでて「困っている」という話を聞くようになった。しかし合宿とキンカンを拒否したのは、一部の新入生にとどまっているようだった。私より遥かに後の代の学生から「やられた」という話を聞くことも多く、結局の所まだ続いているのか、やめたのならいつを以て最終的にやめたのか、学校側が事実を確認しているのかどうかも、私のように心の傷を負って大学をやめざるを得なかった学生がどれほどいるのかもわからない。
先日、福井直敬学長宛に書留郵便を送ったが、何の返事もない。
極めて遺憾なことに、私はその後「武蔵野音楽大学でいろいろ問題を起こした、評判の悪い」人間になる。「問題を起こした、和を乱した、評判が悪い」という台詞だけが一人歩きして、他の音大の学生にまで伝わった。先輩諸氏からも疎まれるようになった。そういう状態がその後何年も続いて、私が留学から戻った後も変わることはなかった。「問題」というのが何かを聞こうとする人もいなかった。
十数年経って、武蔵野音楽大学の入学志望者が減っていることを耳にするようになった。この愚かな「伝統」を学校側が放置したことと、無関係ではないような気がする。
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