2015年10月17日土曜日

日本の音大に行くべきではない理由   (その2)

2.日本の音大を卒業しても学費に見合った実力も収入も得られない
「『音大卒』は武器になる」という本がある。この本に関する東洋経済の記事の見出しは
「音大卒」は、ビジネス社会でも武器になる『ピアニストは撃たないでください』」となっている。

この記事の中でに
「受験生が音大への進路希望を打ち明けると、多くの親や教師は『音大を出て、どうやって食っていくのだ!』と言うかもしれない。しかし、これからは「東大を出て、どうやって食っていくのだ!」という言葉も、同時に当てはまる時代なのだ」
とあるが、これは詭弁に近いと思う。音大卒が企業などの正規雇用労働者になれる可能性は2割以下で、音楽関係の正規雇用だともっと少ない。正規雇用で演奏の仕事につける可能性は1%もないのだ。

そもそも東大とひとまとめにしてもいろいろな学部や学科があるし、「音大」という大学はないからどの音大のどの学部に行くかで就職率や将来の収入の平均値もかなり違うと思う。しかし、それらはどのみち過去の統計上のデータであって、もし最初からビジネスの世界で生きていこうと思うのであれば、経済など実学を学ぶべきであることは著者の大内孝夫氏が慶応大学経済学部出身で、みずほ銀行に30年近く勤務したことが示している。恐らく学生数の減少に悩んだ武蔵野音大が苦悩の決断として他の業界、それも金融業界に長く務めた大内氏のような人材をようやく取り入れたことがこの本の出版につながったのだろう。もし、同じような本をソニーの故大賀典雄元社長が書いていたら、もう少し説得力があったかもしれない。また、演奏家になるためには必ずしも音大に行く必要はない。個人レッスンを受けながら慶応大学に通った千住真理子のような人も沢山いるし早稲田大学卒業でNHK交響楽団に入った人もいる。

「どうせ大学に行くなら好きなことをやって音大に行っても、一般就職では戦力になるよ」というのは大きな間違いだ。

「音大を出て、どうやって食っていくのだ!」という問いは最近始まったことではなくて、明治時代に日本に音大ができた時から子供が音大に行きたいと言い出した親の1/3くらいはこう問いかけてきたに違いない。しかし、残りの1/3は自分から子供を音大に行かせた親で1/3は自分が音大など芸術系出身の親だ(統計上の正確な数値ではありません。あくまで大雑把に分けた場合の話です)。
音楽大学で学ぶべきことはビジネスの世界で使えるかもしれないつぶしのきく人間になる人間になるテクニックではない(私がこれを言うと皮肉に聞こえるかもしれないが)。音楽大学で教えるべきことは、あくまで音楽の世界で即戦力となれるように演奏の技術、演奏や作曲、作品に関する知識、音楽ビジネスの実際、それに科によっては録音や技術に関する知識を修得することであろう。もちろん、クラシックの世界でも今日演奏家として生きていくためにはパソコンやインターネットなどを使いこなす知識や技術もある程度必要だろう。楽譜がPDFファイルで送れるようになってずいぶん便利になった。

ズバリ言ってしまえば、音大は演奏家など音楽の現場で働くために行くところだ。そして、今日のグローバル化されたクラシック音楽の世界には「日本の」とか「世界的な」とかいうレベルの違いはない。世界で通用しなければ日本のマーケットでも必要とはされないのだ。そして、日本の音大は残念ながら世界的なレベルとはいまだにかけ離れているのは日本の音大に行く価値はあるのか?にも書いたとおりだ。日本の音大で一流なのは学費だけで、演奏のレベルも教えられている理論やその他のレベルもヨーロッパの音大とはかけ離れている(アメリカやカナダについては別の機会に書きたい)。そのため、本格的に音楽の勉強をしたいと考えたらいつかは必ず留学しなくてはならない。しかし、18歳からという吸収力の強い4年間を日本の音大で過ごし、周囲の雰囲気に流されてしまった人の多くはこの機会を逸する。前回書いたように、日本の音大を卒業した頃には親に申し訳ないからそろそろ社会に出て働かなくてはならないという気持ちも起きてくるし、実際に親の資金力もそういつまでも続くものではない。つまり、本当に必要を感じた時にはすでに留学のための資金力も意志も足りなくなってしまうのだ。そこに、語学力の壁がさらに立ちはだかることになる。



2 件のコメント:

  1. 「日本の音大を卒業しても学費に見合った実力も収入も得られない!」は、衝撃的な見出しですね!

    それを言ってしまうと、「留学したからといって、実力がつくわけではないし、仕事があるわけじゃない!」も、また真実です。

    ◆日本でできないことは、海外でもできない◆
    実際に留学している人たちのうち、8割方は「日本でできることをやっていない」人たちです。慣れ親しんだ環境と、日本語でも習得できなかったことを、慣れない環境とわからない言葉で理解できる人は少ないです。

    ◆就職率の比較は困難◆
    芸大生の何割が、一般企業への正規雇用就職を希望しているのか?そもそも、希望していないところでの就職率を出しても、何ら意味がありません。
    正規雇用の演奏家となると、管楽器などでは大学の先生も兼務する人もたくさんいますが、大変狭き門です。大学の先生と同じくらい。
    ここで、比較すれば、東大でも芸大でも武蔵野でも、大差はないでしょう。東大を出て、その分野の専門家として東大に残り、東大で教授になれる人は、ごくごく僅かです。

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  2. 「◆日本でできないことは、海外でもできない◆
    実際に留学している人たちのうち、8割方は「日本でできることをやっていない」人たちです。慣れ親しんだ環境と、日本語でも習得できなかったことを、慣れない環境とわからない言葉で理解できる人は少ないです」

    これは全くその通りです。ですが、一番の違いは「日本の音大の場合、そもそも学費に見合っただけの内容は(あくまでドイツやオーストリアとの比較において)教えてくれないのです。それはひとつには日本の大学はドイツの「Fachakademie」などと違って「大学」なので「大学卒業資格」のための「一般教養単位」がたくさんあって、それの取得のためにやらなくてはならないことがたくさんあるためでもあります。海外の音大でも、必ずしもレベルが非常に高いと思う内容ばかりではなかったりしますが、高額な授業料を納めるならそれに見合った内容の授業を提供するべきです。ヨーロッパの音大はほぼ授業料無料ですので。

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