しかし、このような事件で弁護士を立てずに勝訴できたのは幸運でもある。主張が正しいからといって必ず裁判に勝てるわけではない。この事件の裁判中にインターネットで著作権関係の判例を検索していると「バドワイザー商標裁判」なるものにであった。バドワイザーは日本ではアメリカのビールとして知られているが、元々「バドワイザー」とはチェコ西部の都市チェスケ・ブデオヴィツェのドイツ語名Budweisの所有形Budweiserを英語読みにしたものである。アメリカのビール会社アンハイザーブッシュは19世紀末に数百年の歴史を持つチェコのビール(1262年創業)、Budweiserの名を借りてビールを醸り始めたが、飲み較べた事のある方にはお判りのとおりこの2つの製品はにてもにつかない代物である。ヨーロッパではアメリカの「バドワイザー」がこの名前でビールを販売することはできない。ところが数年前関西のある業者がチェコから本家本元のBudweiserを輸入し、日本で販売を試みたところアメリカバドワイザー社からクレームが付いた。どうやらアメリカの方が日本での商標登録を先に行っていたらしいのだ。しかしこの件で日本の裁判所はアメリカのビール会社勝訴の判決を下している。事情を知るものにはいかにもグロテスクな判決であるが、裁判とはやはり水物なのである。
さて、この裁判にあたって私が意外に感じたのは、シュトラウスの著作権について2002年に日独楽友協会が争うまで、誰も争おうとしなかったことだ。日本での音楽著作権の保護期間が作曲者の没後50年であり、例外は連合国の作曲家に加算される「戦時加算」だけであることを知っていれば、シュトラウスの作品に戦時加算が行われることは不合理なことに誰でも気が付くはずである。日独楽友協会のような小さな団体がシュトラウスのオペラを上演することは容易なことではないが、全国のプロフェッショナルなオーケストラ、歌劇団体、ホールの主催事業などとしてシュトラウスの作品は頻繁に上演されてきたはずである。なぜ誰もこのことに疑問を投げかけなかったのだろうか。日独楽友協会は私が代表を務める小さな団体で、赤字を出せば私が持ち出さなくてはならない。しかし、大きな団体の場合、特に、支払いを行う担当者自身の懐が痛む訳ではない場合、不正な請求ではないかと疑わしい場合も払ってしまっていたのではないだろうか。「支払いなき場合法的手段をとらざるを得ません」などという但し書きが付いているとますます、現場の担当者は自分がトラブルに巻き込まれるのをさけようと、納得がいかなくても払ってしまったのではないだろうか。不正請求とは言ってもどうせ本人の懐は痛まないのであるから、個人をターゲットにしたものほど反発もなかったのだろう。しかし、目先のトラブルをさけようと団体の予算や税金を不正に支払ったのでは背任行為である。こうした精神風土が総会屋や暴力団につけ込まれる原因ともなったのである。
著作権を扱う専門家の間では少々話題となり、いくつかのホームページに判決文の全文が掲載されているこの事件についてマスコミでほとんど報道されなかったのも意外である。いくつかのオーケストラの事務局やライブラリアン、新国立劇場の顧問弁護士といった人たちからも判決文や契約書などを見せてほしいと依頼の電話があり、わざわざコピーをとって送ってあげたりしたがその後何の挨拶も経過の説明もない。この国のモラルにはがっかりさせられることが多い。
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