さて、リヒャルト・シュトラウスはドイツの作曲家であり、1949年9月8日に死亡している。ドイツは連合国ではなく、シュトラウスは連合国民ではない。従って著作権について定めたベルヌ条約によって日本においてはその著作権は1999年末を持って終了しているはずである。それではなぜ、日本ショット社は2002年になってこのような請求をしてきたのであろうか。何か根拠があるなら是非説明してほしいと問い合わせると、以下のような回答が返ってきた。(傍点は筆者、前置きなど一部を省略)
日独楽友協会
杉山直樹様
「ナクソス島のアリアドネ」を含むリヒャルト・シュトラウスの多くの作品は、ドイツの出版社アドルフ・フェルストナーによって最初の出版がおこなわれております。しかし、フェルストナー社の所有者はユダヤ人であったため、ナチスの台頭によリ1938年に余儀なく英国に亡命・英国法人を設立して、ドイツ、イタリア・ポルトガル・ソ連、ダンチッヒ自由都市以外の地域を除く全世界に対する著作権を保有しました。プージー&ホークス社は1943年にフェルストナーの英国法人のすべてを買収しました。「ナクソス島のアリアドネ」をはじめとするフェルストナー作品の日本地域における著作権者が1938年に設立された英国法人であることから、「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律」第2条第2項のにより、これらの作品等は、著作権の保護期間に対して戦時加算を受けています。
また、「ナクソス島のアリアドネ」の演奏用の楽譜は、日本国内において著作権が保護されている以上、その持ち込みは禁止されています.したがって、もし日本国内に、私どもがレンタル楽譜として管理している以外の楽譜が存在するとすれば、それは不法複製物であることは明白です。したがいまして、すでに連絡いたしました条件による事前の許諾なしに上演等を強行される場合には、法的な手段による公演の差し止め、違法複製物の没収といったことにならざるを得ないことをご承知ください。
上記につきましては、日本地域の著作権看であるプージー&ホークス社の確認・了承を得たものであり、さらにドイツのフェルストナー社は現在、当社の親会社であるショット社が所有していることを、申し添えます。
なお、貴協会のホームページによれば、2000年12月24日かつしかシンフォニーホールでカール・オルフ作曲「カルミナ・プラーナ」を公演されたという記録が掲載されていますが、この演奏のための楽譜も不法複製物の疑いがあり、改めておうかがいするつもりです。
日本ショット株式会社
代表取締役 池藤ナナ子
こちらは著作権についての説明を求めただけなのに、「法的な手段による公演の差し止め、違法複製物の没収」などと、はじめから穏やかではない。しかも、過去の公演についてまで「この演奏のための楽譜も不法複製物の疑いがあり」などと難癖をつけてきた。カルミナ・ブラーナは演奏用のアレンジがドイツ・ショット社から複数出版されており、これを購入して演奏したのに失礼極まりない。それに著作権を主張する割には「フェルストナー」(実際はFürstner「フュルストナー」)などと誤記があってお粗末である。しかし相手はドイツを代表する大出版社の日本子会社であり、英国最大の音楽出版社であるブージー&ホークスの代理店である。
早速、高圧的な請求に対して抗議するとともに、契約書などの権利を証明する書類を公開するように要求した。同時に念のため、弁護士と、音楽出版に詳しい知人に相談する。すると二人とも口をそろえて「ああいう人たちはヤクザと同じですからね」といわれたのには驚いた。
1週間後、ショット社から届いたブージー&ホークスの「著作権を証明する書類」とは次のようなものであった。
・日本音楽著作権協会のホームページのコピー
・ブージー&ホークス社の出版カタログのコピー
・ブージー&ホークス本社の取締役が日本ショット社におくった「ナクソス島のアリアドネの著作権は間違いなく当社にある」と書かれた手紙のコピー
・1987年にリヒャルト・シュトラウス(作曲家の孫)と上記取締役の間に交わされた出版権の更新に合意する文書
いずれも、リヒャルト・シュトラウスの作品が戦時加算の対象となることを証明するようなものではなかった。そこで、引き続き証拠書類を請求しながら念のため楽譜については利用の申請をしておくこととなった。但し楽譜の状態がわからないので(書き込みがたくさんあったり、ぼろぼろで使いにくいものが時々あるので)事前の閲覧を求める。証拠もないままに高額なレンタル料を払ってしまっては、後で返してもらうのが大変である。ちなみにアメリカから購入したパート譜のセットは850ドルだったが、日本ショット社のレンタル譜は演奏一回につき22万8795円である。
公演1週間前になっても十分な証拠書類を示さないまま、日本ショット社は「楽譜は前払いで、事前の閲覧は認めない」と言ってきた。それでは予定通り、購入したパート譜で演奏するほかない。
ただでさえ忙しい、オペラの公演の直前、しかも初めての新国立劇場での上演、作品は難曲「ナクソス島のアリアドネ」である。その時期にこのようなよけいな問題が発生し、しかも代表であることから指揮者の私が対応しなくてはならない事態となったのは、大変なストレスである。再び公演準備に集中しようと取りかかったところ、公演前々日に「警告書」が郵送されてくる。これは日独楽友協会だけでなく、新国立劇場運営財団にも同じものが送付され「レンタル譜を使わず、上演許諾を受けなければ法的措置をとる」「会場を貸した新国立劇場も場合によっては責任を追及する」といった内容となっていた。最近はやりの架空請求書を送りつけてくる詐欺師とそっくりの文言である。新国立劇場には早速事態の経緯を説明する文書を提出して理解を求めると同時に、公演直前であるのに急遽弁護士と連絡を取り、練習の合間に相談を受ける。ストレスで卒倒しそうになる。
(続く)
(続く)
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